ちょっと前までは日本だって
お久しブリです。
もう何年も前のことなのですが、
私の祖父の葬式に出席するために山形へ行った時のことです。
告別式に祖父の住んでいたところの市長が出席していました。
母にそのことを聞くと「おじいちゃんは昔、衛生兵だったからね~」と。
何だか良く分からない返事をされたのでした。
後日、落ち着いてから改めてそのことを質問してみると、
戦後、祖父の住むその地域では近代医療がまだまだ根づいておらず、
病気になれば、まずは祈祷で直そうとするのが習慣だったのだそうです。
それを衛生兵だった祖父と、昔からの知り合いだったお医者の仲間と2人で、
その地域に近代医療を普及するべく尽力したのだそうです。
そういう功績があって、市長が参列するに至ったのだとか。
っていうか、え?祈祷ですか!?
私のおじいちゃんの時代に、まだ祈祷だったんですか!
って、私はかな~りショックを受けたのでした。
てっきり祖父の個人的なお友達かなのかな~
だから葬式に参列してくれたのかな~なんて勝手に予想していたので、
そんな想像の思いっきり斜め上を行く返事に唖然呆然としました。
そんな様子を見て母が、
「あら、私だって学生時代、蒸気機関車で学校通ってたわよ」と、とどめの一撃。
なんですと?自分の母親はリアル蒸気機関車世代ですと??
私にとって蒸気機関車はたくさんの人の情熱によって復活され、
古き良き時代のノスタルジーを載せて、
臨時、あるいは期間限定で走る鉄道だったのですけどね~。
ああ、まさか自分の母親がリアル蒸気機関車世代だったなんて…。
と、この話を聞いて、
私は軽ーく精神的なバズーカ砲を受けた感じでした。
なんか祈祷とか蒸気機関車とかって、
こう…もっととてつもなく遠い昔の話だと思っていたんですよね…。
それが、まさかこんなにも近いものだったなんて…。
ああ、でも、たしかに祖父はよく
「病気は神様に頼んだって治らねえ。早く病院行くもんだ。」と言ってました。
そんなことを思い出すと、なるほどねえ~と納得もしてしまったのでした…。
ですから、このニュースを見ても、
「日本だってついこの間まで似たようなもんだったのに…」としか思いませんでした。
【AFP=時事】ケニアの村で8日、呪術師が死者の蘇生に失敗し、その理由として「疲れたから」と言ったことから待ちわびていた村人たちが1日を無駄したと激怒した。
9日のケニア紙スター(The Star)によると、同国南東部クワレ(Kwale)地区の村人たちは8日、死者蘇生が行われると知り、「奇跡」を目撃すべく歌を歌いダンスをしながら呪術師のサミュエル・カヌンドゥ(Samuel Kanundu)さんのもとへ向かった。
呪術師が儀式を始める前、村の長老ヌダロ・コトタ(Ndaro Kokota)さんは、「死者蘇生など今まで見たこともなかったから、直接見てみたかった」と話した。呪術師は集まった村人たちに対して、これまでに5人の死者を蘇生させたと自慢し、2013年10月に死亡した男性をその日の日没までによみがえらせると約束した。
しかし死者はよみがえらず、呪術師は「疲れたから」と言って村人たちに待つよう要請。同紙によると村人たちは激怒し「本当のことを言え。私たちの1日を無駄にするべきではなかった」と呪術師に詰め寄ったという。
しかし、同紙によると死亡した男性の遺族は、男性が「魔術師に殺され、バナナの木の下に遺体を隠されたため」、蘇生が難しくなったのだと思うと話しているという。
【転載終了】
呪術とか祈祷とか、以前は特別なもののように思っていたのですが、
母の話を聞いて以来、その考えは変わりました。
ついこの間まで、私たちの身近にあったことなんだって、
そういう意識というか認識というか、そう思うようになったんです。
しかし、そう考えると私の祖父の世代って、強烈な時代を生きたことになるんですよね。
だって、ここまで急激に生活や環境が、それこそ劇的に変わる様を見てきたわけですから。
たとえば私にとって新幹線は生まれたときからあるものですが、
蒸気機関車から始まり、電車、そして新幹線へと変化していく過程をリアルに見てきた人は、
最初から新幹線がある時代を生きた人とは絶対に違う感慨があるはずです。
そう思うと、この日本の変化のものすごさがちょっぴり分かるような気がするのです。
私も、まさか電話が持ち運びできて、
しかも1人一台持つような時代が来るなんて想像もしていませんでしたけどね。
ありがとうございました。